クシシェトフ・キェシロフスキというポーランドの映画監督がいて、テレビ用に作った「デカローグ」という10回シリーズの作品があるんだけど、なかなか日本では見るのが難しかったのを、新国立劇場でまさかの舞台化する!10本連続で!と聞いて、久しぶりに「クラブ・ジ・アトレ(優先予約できるメンバーシップ)」に加入してしまいました。
この監督の作品って、人間が誰でも犯しかねない過ちを、登場人物がまんまと犯してしまうんだけど、それを見る監督の視点が神様のように聖母マリアのように大きくて、どの作品もオチはないのに見ている自分の今までの過ちが赦されるような、不思議な感覚があるんです。少ない作品をゆっくり何度も見直す価値のある監督です。
ずーーっと見たかった「デカローグ」ですが、10本連続となると、休職中(かつ求職中)の身としては、そんなに先々の予定がわからないので、結局まとめ買いは難しく、「クラブ・ジ・アトレ」の優先予約の恩恵にはあずかれなかったのですが、割引でオペラシティのHUBに通えるのはちょっと嬉しい。
ずっと見たかった割に中身のことを何も知らず、現地でパンフレットを見て初めてこれが「十戒」を意味することに気づく始末。今回さっそく見る1~4はそれぞれ、「ある運命」「ある選択」「あるクリスマス・イブ」「ある父と娘」という副題がついているけど、それぞれが十戒のどれを表しているかは明確にはされていないようです。各作品内で主要人物たちは、危ない、そこは超えてはならない、というキワを超えたり踏みとどまったりします。
元の映画も素晴らしいんだろうけど、舞台も素晴らしいです。アパートの各部屋をかたどったキューブが並ぶ二階建てのセット。各回に合わせた装束で時折現れて、主要人物たちをただ傍観する共通の人物。たびたび登場する牛乳、流れる水の音。…こういう謎とかヒントとか、人間が陥る過ちとか、デヴィッド・リンチ監督の作品にもいつも登場するし、あの監督も決して罪深い者を弾劾することはないんだけど、全部なんか怖い。深淵からこちらを覗かれているような感触があります。一方のキェシロフスキ監督の作品は、全部、罪を犯しても踏みとどまっても同様に赦してくれる。見終わったあと、安心して普段に戻っていける。
個別の感想も書きます。
1「ある運命」はコンピュータープログラムの予想に反する事件が発生する、父と子の物語。聖母マリアのような叔母を演じるのが高橋惠子です。最初がこれっていうのは、なかなか辛そうだけど、私は2と4を最初に見て、この順番で良かったと思っています。父を演じたノゾエ征爾に感情移入するし、子どもたちの演技も自然で可愛らしく、胸を打ちます。
2「ある選択」重い病気で入院している夫と、愛人の子どもを妊娠した妻。同じマンションに住む夫の主治医との会話にもケンがあります。前田亜季と益岡徹、人間のさまざまな局面を実感させる大人の演技です。
3「あるクリスマス・イブ」独身の女が、昔の不倫相手であるタクシー運転手の家に突然現れる。あれこれと無理を言ったり注文を付けたり、実に面倒でイヤな温難を演じる小島聖がまたうまいのです。運転手の千葉哲也も、ちょっとくたびれた感じがいいです。見終わったあと、自分自身のなかの面倒くさい部分が少しだけ赦せる気がしてきます。
4「ある父と娘」これも良かったなぁ。近藤芳正と夏子が本当に仲のいい、よすぎる親子のよう。話が進むにつれて緊迫感のあるやりとりが続きます。
それにしても出来が良い。とか上から目線で言うほど舞台のことはまったく知らないのですが、完成度が高いというか、細部まで凝っているというか、何と褒めたらいいのかわからずこんな表現になってしまいます。
芸術監督の小川絵梨子氏、イザベル・ユペールの「ガラスの動物園」といいこれといい、私のツボをぐいぐい押してきますね!もう一度ずつ見ようかな…それとも映画のBlu-rayセット買っちゃおうかな…。
お芝居や映画が大好きな人にはぜひ見ていただきたい作品であることは間違いありません。